LIFE STYLE

私がインドでキャバクラを開いた理由/漫画家 沼津マリーさん

2018/10/25

「自分の得意なことや、やりたいこと、本当に情熱をもてるものって何だろう」。きっと誰もが一度はぶつかる想いではないだろうか。
漫画『インドでキャバクラ始めました(笑)』の著者である沼津マリーさんはその想いを抱えながらも、立ち止まることはなく、悩みながらも行動し続けた人。21歳でたったひとりでインドに渡りキャバクラ「クラブマリー」を開店、帰国して漫画家になるまで、マリーさんはどんな“選択”をしてきたのか?

1. 背中を押したのは、“何者かになりたい”という想い

沼津マリーさんの“人生の選択”は、福岡から東京へ上京することから始まる。
「高校卒業後、ファッションの専門学校へと行きましたが、どうしてもその道に行きたかったというよりは、厳格な親のもとを離れたくて、まずは福岡から出ることが最優先だったんです」。
実際に学校へ行ってみると、「そこまでの情熱も才能もないことにすぐに気づいた」というマリーさんは、ファッションの道は諦めることに。

「ちょうどその頃アルバイトで始めた水商売のほうが楽しかったんです。私、高校のときは友達もあまりいなかったので、自分の得意なことにも気がつかなくて。水商売で接客を始めて“己の才能に気がついた!”“私モテてる!”と発見した感じ(笑)。
自分が人に対して好き嫌いがほとんどないこと、それが珍しいこともアルバイトを通して知りました。なので、ものすごく熱心なお客さんもいなければ、嫌いなお客さんもいない、ほどほどの距離感でみんなと楽しく飲んでいました」。

そんな風に淡々と、そして誰とでも和やかに接客するマリーさんはあるお客さんからその才能を見抜かれ、驚きのオファーを受ける。

「マリー、インドでキャバクラやらない?」

「楽しそうだったので、やりますと即答しました」とマリーさん。
インドで? キャバクラ? …なぜ即答⁉︎
「私は当時21歳でしたが、若いころって“何者かになりたい”という思いが強いじゃないですか。特に私は人一倍その思いがあったんですよね。だから、こういう珍しい話に乗っかることで何者かになれるかも、と思ったんです」。
実際にインドに行ってみると、お店をやること以外は何も決まっておらず、内装や掃除、お酒の手配、ビラをつくってお客さんを呼ぶことなど、すべての準備をマリーさんひとりで行い、「クラブマリー」をオープンさせる。

2. 失敗して失うものなんてない

スタッフの女の子も見つかり、インド駐在の日本人のビジネスマンも足しげく通ってくれるようになり「クラブマリー」は軌道に乗るも、やむを得ない事情で1年後に閉店、マリーさんは帰国。新しい体験だらけの、笑いあり涙ありの濃密な1年は、のちにマリーさんの“職”を決定づける。

「帰国後は、大学を受験しました。私、一度大手企業にきちんとお務めしてみたくて、そのためには名門大学卒の学歴が必要かと思って勉強したんですけどね……ダメでした。その後、就職活動も少ししたのですが、それも難しくて。どうしようかと思ってネットを見ていたら、漫画家募集の文字が目に入り、“インドでの体験を漫画にしたらお金になるかもしれない”と、応募してみたんです」。

21歳からの大学受験、インドでキャバクラを開いたあとに企業への就職活動……マリーさんの軽やかですばやい行動力、決断力には驚かされっぱなし! たとえ失敗してもすぐに次の手を打ち、あっという間に別の場所に向かっているマリーさん。

「やってみたんですけど、ダメだったんですよ〜」という言葉は、会話の中で何度も登場する。マリーさんは失敗することが怖くないのだろうか?

「失敗ですか?うん別に。だって、私がダメだったところで失うものは何もないですよね。あるとすれば、多少の自尊心くらい? あはは」。

「何かにはなりたいけれど、自分に何ができるかなんてわからない。
だったら、あなたはこれができると人から評価されたらやろうかなと思うし、ダメなら選択肢がひとつ減るのだからそれはいいことですよね」と、どこまでも軽やか。

3. 他人に変な期待はしない。自分には目一杯期待する

そしてついに……。

マリーさんのように潔く“何かになるための”行動を繰り返している人は、必ずどこかで何かを手にする瞬間があるのだと確信する出来事が起きる。

「インドでのキャバクラ生活を描いた漫画を出版社へ送ったところ、その後連載になることが決まりました」。

どこかでアシスタント経験をしたわけでもなく、いきなりのデビュー。毎日更新の連載が始まり、締め切りに追われ眠くなるのが怖くてチョコレートしか食べなかったという生活。そのなかでも、描くことはおもしろく、自分に対して発見があったと言う。

「描くために自分を客観的に見て自己分析してみると、私っておもしろい人間だなぁと改めて自分のことが好きになりました。どういうところが好きか?……ですか。うーん……、誰にでも愛想がいいところとか好きだなぁと思います(笑)」

この先についても聞いてみると、「この先、何がいつどうなるのかなんてわからないので、自分が“やったな”と思うまでは漫画を描き続けるつもりです。思えば水商売のときもそうでした。もう十分やったなと思ったときにやめると思います」。

これまでの人生でも人に悩みを打ち明けることはあまりなかったというマリーさん。
「多分、私はあまり他人に期待していないんですよね。誰かが何かをしてくれると思ったことがありません。友人や恋人に相談もしないですし、自分自身、同じことで悩み続けるということもないですね」。

他人に期待しすぎると、失敗したときに落ち込みすぎたり、執着してしまったり、結果、身動きが取れなくなることもある。マリーさんは、他者に変に期待しすぎず、余計な力が入っていないからこそ常にしなやかに動き続けられるのだろう。

「ただ、自分に対してはめちゃくちゃ期待していますよ」。

他人に変に期待するのではなく、期待するのは自分に対してだけ。
インドでキャバクラ経営、その後漫家として活躍という王道ではあり得ないミラクルが次々と起こる、マリーさんの人生の秘密がわかったような気がした。

この軽やかさ、しなやかさ。
今、人生を動かしたいけれど、何をしたらいいかわからない人にはきっとヒントになるはず。やってみなければわからないとは、よく聞く言葉ではありますが、それを実行し続けているマリーさんの人生は、とんでもなくおもしろく、躍動感に満ちていた。

PROFILE:沼津マリー

ファッションデザイナーを目指し上京するも、バイト感覚で始めた水商売にドップリとハマる。卒業後、インドまで羽ばたき、キャバクラ「クラブマリー」を出店。著書に『実家からニートの弟を引きとりました。』(KADOKAWAメディアファクトリー)、『インドでキャバクラ始めました(笑)』(全2巻/ワイドKC モーニング)

Photographer : Kenta Yoshizawa Text : Noriko Oba Editor : MINE

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