LIFE STYLE

人生を変える本当にほんのちょっとのきっかけ/写真家KYON.Jさんの場合

2019/10/21

平凡な日常を変えるきっかけは、日常にこそ転がっている。
小さなきっかけを見事に生かし、OLから、世界をまたにかけて活躍する写真家へと人生を変えた女性がいます。それは誰も見たことがないほど美しい世界の絶景を撮影し続けている写真家・KYON.Jさん。中国の広東省出身の彼女は現在も、東京で広告営業関連の仕事をしながら、世界の果てまで美しい風景を追い求めています。

「元々は、1日10時間以上ゲームやアニメを見ているインドア派だったんです」という彼女は安定という枠をはずし、なぜ過酷な環境のなかに身を置く人生を選んだのか。その背景を伺いました。

「一本の映画が人生を変える」なんてことは本当に起こる

「写真に出会う前は、全くのインドア派でした。仕事もとてもハードだったので、平日は深夜に家に帰ってきて、休日は家にこもりっきり。会社と家を往復するだけの毎日でした」

KYON.Jさんとカメラの出会いは、2014年のこと。
「当時、私が担当していたクライアントのイベントに、カメラマンが急病で来られなくなってしまったんです。誰かが撮影しなくてはという状況で、一番若手だった私が行うことになって」

会社の近くの家電量販店に駆け込み、ミラーレス一眼レフカメラの初代ソニー『α7』のキットを25万円で購入。
「どうせ買うなら、一番カッコいいものがいいと思って。それまで、全くカメラに触ったことがなく、使い方どころか、充電の仕方もシャッターの場所もわからなかったほど (笑)。結局、満足に撮影もできなくて、ろくに使わないままネットオークションに出したのですが……」

カメラとの出会いは、そんな偶然。結局、カメラは売れずに自宅のクローゼットへ。
「それ以来、忘れていたのですが、映画『LIFE!』を観た時にとても心を打たれてカメラの存在をふと思い出したんです。主人公は空想好きの地味な人で、オフィスで真面目に地味に働いたのですが、あるきっかけで写真のネガを求めて世界に飛び出していく。自分と主人公が重なって。キャッチコピーの “生きている間に生まれ変わろう”というメッセージも心に刺さりました」

世界は美しく広い。それなのに、目の前の仕事に追い立てられて、とても狭い人間関係と価値観で構成された世界に閉じこもっていた自分。
「殻を破ろう、私自身が変わろう、と強く思いカメラを持って撮影し始めました。人生は偶然の連続と言いますが、あの時カメラが売れていたら、今の自分はいなかったと思います」

小さな成功体験の積み重ねが、人生を大きく変える

最初に「撮れた」と手ごたえがあったのは、家族旅行で行った中国の桂林でのこと。

「観光地で有名な桂林の山に登ったんです。日の出を見た後に、観光客や他のカメラマンたちは帰って行ったのですが、なぜか私はそこに残りたくて。初めから狙っていたわけでもなく、ずっとカメラを構えて、撮れたのが運命の一枚」

Photo:KYON.J

そこで水墨画のような山の風景写真を撮影。写真には、今まで自分が目で見てきたものとは違う世界が映っていて、感動を超える“何か”を感じたそう。

一度、立ち止まって、人生をリセットするのもアリ

そんななか、もうひとつ自分を突き動かすきっかけが起こります。

「手術を要する病気にかかってしまったんです。これがそれまでの仕事のスタンスを変える大きな転機になりました。術後2か月間は中国の実家で安静にしなくてはならず、天井のシミを見る日々。どこにも行けず、手術の傷も痛むんだけど、毎日ただ横になっていていいのか……と思っていた3週間目に、また映画『LIFE!』のBGMが頭の中にこだまし、ヒマラヤのワンシーンを思い出したのです。 “このままじゃだめだ”と思うと同時に、桂林の雲海のシーンが脳裏に鮮やかに描かれた。すぐに、桂林に行こうと決意しました。もちろん、両親は大反対。傷も治りきっていないので当然ですが(笑)」

桂林は、実家から寝台車で8時間、クルマで3時間のところ。「親戚が付き添いで来てくれたのですが、傷口が振動で痛むし、体力も万全ではないので、撮影スポットの山までは、普通なら20分で着くところ、1時間以上かかりました。杖をつきながら登っていったら、雲海が見えたのです。ずっと病床にいて、何もできなかった私が、今ここで雲海を観ている……このときに、自分の世界に色が付いていくような感じがしました。人生がグッとカラフルになった。“私が求めていたのはこれだ”と体の奥底から湧き上がってくる感情があった。これからは、探していた風景を見るために、世界を旅して生きていこうと、覚醒するような感覚がありました」

病気や手術は、ネガティブなことばかりではないと、KYON.Jさんは続けます。
「病気がなかったら、この感覚を得られなかったと思います。辛い手術や術後の生活があったから、神様からの“自分のことをリセットしてみたら?”というメッセージを受け取れたのです。人生に無駄なことは一つもありません。苦しいと思った時に、もう一個の窓を神様は開いてくれる。それに気づくかどうか、行動するかどうかで、その人の運命が別れるとおもったのです。まあ、あまり難しく考えることなくて、とりあえずやってみればいいと思います」

チャンスが来たら、全力で賭ける!

「2017年に初の個展を開催したときに、日経ナショナル ジオグラフィック編集の方が見に来てくださって、写真集のオファーをいただきました。このとき写真を始めてからわずか2年。出版するなら、他の風景も撮影したいと強く願いました。ずっと憧れていた出版社と仕事ができるなんて、一生に1回しかないかもしれない。だからそのチャンスにすべてを賭けたかったのです」

Photo:KYON.J
Photo:KYON.J

この時すでに貯金も有休も使い果たして全くなかったそう。
「せっかくの写真集だから、行きたい国のすべてを載せたい。さまざまな国の見たことがない風景を撮影し、収録したい。そのためには“仕事を辞めてもいい”と覚悟したのです」

そんな時ちょうどタイミングよく、働き方改革が開始。
「休暇の取り方も変わり、年度が変わって有給もリセットできた。クラウドファンディングで集めた支援金で、ロシア、アメリカ、ニュージーランド、カナダを巡ることができたんです。旅はなるべく予算を切り詰めて、車中泊をしたり、テントで眠ったりして節約。余ったお金と4連休を使い、追加でインドネシアと中国にも行き、9か月で6か国を回りました。帰国した時、有給は1時間しか残っていませんでした(笑)」

将来のことは一切考えず、「今を生きる」

今では撮影の時は、仕事とプライベートは完全に切り分けているというKYON.Jさん。
「写真を撮るときは、Wi-Fiもレンタルしませんし、仕事のメールも見ません。今を生きること、そして、一瞬の奇跡に集中します。将来の人生設計のようなことは一切考えず、“今”に集中しています。
これから行きたい世界中の撮影スポットは無数にあり、メモやマップに残しています。理屈を超えて好きな世界、追いかけ続けたいという写真に出会えたことが、奇跡のようなことだと思うのです」
やりたいと思っていなかったことでも、きっかけさえ見つけられれば、思いもよらない変化を起こすかもしれない。今にフォーカスすれば、おのずと何をするべきかが見えてくる。

「写真を続けることで、風景以外にも様々な出会いがありました。そのひとつが、アフリカやアジアで失明した子供たちに光を取り戻す手術を行う、『オービス・インターナショナル』という国際的なNPO団体との出会いです。19年8月に行った作品展『GRACE OF LIGHT(光の恵み)』で販売した作品の利益の全額150万円を、この団体に寄付することができました。目の見えない子供たちに自分の感動した光を届けたい。これからも、世界中で光あふれる大自然の一瞬を撮影し続けます」

Profile:KYON.Jさん

中国広東省生まれ。2008年秋に来日し、現在は東京で働く会社員。映画『LIFE!』に心打たれ、インドア派からアウトドア派に。2015年に北海道の雪原で出会った美しさに魅了され、その感動を人に伝えたいと風景写真を撮り始める。2016年は“Beauty of China”をテーマに中国の作品群を撮影。2017年2月、ノルウェーで出会った冒険家たちに刺激を受け、“Exploring the World” をテーマに、世界にレンズを向けるようになる。2017年夏、ソニーイメージングギャラリーで個展「Amazing Moments」を開催。2018年11月、初写真集「Grace of Light」を日経ナショナル ジオグラフィック社より発売。2019年夏、直近まで撮り下ろした未公開作を含め、ソニーイメージングギャラリーで2回目の個展「Grace of Light」を開催。
2019年ソニー「α universe」にてドキュメンタリー動画にも出演。

『GRACE OF LIGHT』/KYON.J
日経ナショナルジオグラフィック社 ¥2,200
日本、中国、カナダ、ロシア、アメリカ、ニュージーランド、インドネシア、ノールウェイ……雄大な大地を照らす、美しい光と風景の写真集。

Photo:T.Maenaka Text:Aki Maekawa

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